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住職

縁結びのパワースポットのご紹介

今日は縁結びの寺として当寺のパワースポットのご紹介をしてみようと思います。

阿蘇という地区にはなにかと縁結び関連の寺社がありまして、ここですか?なになにの縁結びのパワースポットはどこですか?
うんうん、それはうちじゃないところですね。という会話がたまにあるほどです。

私的なパワースポットの解釈としては、聖地とか神々しい場所とかご利益が出やすい場所とかを総称してパワースポットと呼んでいると思っています。なので難しいことはさておき、行けば解かるよという場所がそれなのかなと思います。

当寺のお参りに来る人でもっとも多いのが男女の縁を求める縁結びです。当寺の本当の縁結びは人が幸せになる為の縁なんですけど、入り口のえんむすびの旗みて参拝される方はどうも男女の縁が多いようです。ネットを見てとか、自分達のことをよく知っている方々はまず人生相談から始まるんですけど・・・・。

そろそろ・・・。

前置きが長い!
早く縁結びスポット紹介して!
という声が聞こえてきそうなのでお奨め順位から順に縁結びパワースポットご案内~

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1.恋占いの石

これは実は占いということで、いろんな仏教的な縁結びの意味合いで作られています。難しいことはさておき、愛染明王の梵字が記されている石に目をつぶって到着すればいいわけです。それで、恋愛が成就しますよーというものです。当寺の縁結びでは一番人気なんじゃないかなこれ。でも、上手くいかない人が意外に多いのも恋愛の難しさを表わしていたりいなかったり・・・まあ、占いなんで楽しんでください。どーしても恋愛が上手くいかないという方は相談してくださいね。それが縁結びには一番早いと思う。年中相談に乗っていますので。

 

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2.夫婦岩(めおといわ)

恋占いの石のとなりになにげにあるのがこれ。恋人で終わるのではなく夫婦にならなきゃだめでしょというわけで、その次のお参りどころもあったりします。この寄り添うような岩の形が夫婦という関係をよく表わしていますね。お互いが支えあう関係それが正しきパートナーの姿ですね。一方的な関係は長続きしないものです。おっと、またお説教くさくなってきたんでこのあたりで。

 

 

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3.道祖神(ある愛の形)

これ、実にダイレクトなお姿ですね。なんの神様なの?と思う方もいるでしょうからご説明をしましょう。これは道祖神といって本来は道に迷わないように案内をする神様ですね。当寺の場合は人生に迷わないように、目的の相手が見つかりますようになどの人生の道案内をしてくださる神様としてお祀りしています。仲睦まじき素晴らしきことですね。

 

 

2016219132134.JPG4.愛染明王

これは実は大師堂というお堂の中のお厨子におられる仏様です。残念ですが直接見ることはできません。当寺の恋愛のご本尊様とでもいいましょうか。よく見ると結構怖いお顔をしております。明王系の仏様は、力をもってうだうだしている気持ちをねじ伏せて強引に恋愛を成就させるという働きを表わしているのでちょっと強面なんですね。愛憎の苦しみはお釈迦様も語っておられますが人生の大きな喜びでもあり悲しみでもあります。ご利益をいただき、その荒波を乗りこなして素晴らしい人生を送りましょう。

 

 

 

 

 

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5.石の曼荼羅(いしのマンダラ)

これは中央のサークルを囲むように108の石が煩悩を落とすように配置されています。神事でこの場所を使う時には仏様をお招きする台座になりますが、普段は見てのとおり様々な方がここで和んでいます。一番パワースポットぽいかもしれないなあ。確かにご利益はあるんだけど。ひとまず中央でそのご利益を感じてください。神事の中心となる場所です。

 

 

他にもあるんですが、紹介するのにちょいと疲れたのでこのあたりで今回はおしまいです。当寺の境内は阿蘇の国立公園の中にありますでの天気がいい日は最高公園になります。是非、お参りにきてくださいね。(住職)

 

お守りの中に入っている護符について

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昔ながらのお守り袋などには護符と呼ばれるものが御神体として入っています。

これは、願い事が叶いやすくなるように当寺が仏様の働きや神様の働きを護符としてパッケージングしたものです。
例えば、恋愛に長じた愛染明王や不幸の身代わりになってくださる身代わり不動など。そしてその働きが出来るだけ早くご利益がでるように様々な工夫が施されています。よく、お守り袋の中身を取り出すとご利益がなくなるとか、開けてはだめだとか様々な事が言われていますが、基本的には問題ありません。

しかし、開けることによって中身を見てイメージと違う、幻滅した、なんかご利益なさそう、などと思うとこれは必ずご利益が無くなります。そもそも、お守りのご利益が出る最大の鍵は信じる心です。これを自ら無くしてしまえばどんな素晴らしいお守りでも効果を失います。ですから、よくわからないという方はあまり袋を開けないほうが良いかもしれません。それに出す時に中の護符を傷めたりすると気分的に嫌な気持ちになりやすいので出す時は注意が必要です。興味本位程度なら開けないほうがよいのです。(興味本位の方はこの記事の写真で満足してください)

御神体の護符は神社やお寺でオリジナルで作る場合とお守りを作る過程で中に仕込む場合とがあります。複雑な形のお守りは後から護符を入れることができないのでお守りを作ってくださる方々にお願いしてあらかじめ入れてもらいます。場所が違うのに護符が同じという時はそういう時に起こります。中身が同じといえども、そこから御心を入れるのでその場所のご本尊様や御神体のご加護を付加していくのでやはり違うものと言えるでしょう。

時代に合わせて様々なお守りが作られておりますが、お守りの基本は信じる心です。自分がこれなら気持ちが入りやすい、大事にしたい、可愛らしい、などの気持ちが一番動くお守りがもっともご利益のあるお守りになるのです。それでも、ご利益が得られないという方がおられましたらご相談ください。何かご利益の出にくい事があるのかもしれませんので無料でアドバイスさせていただきます。(住職)

 

不倫と聞いて「ドキッ」としない人は読まないでください。

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いやあ、縁結びの寺不倫の話題?
頭大丈夫かと言われちゃいそうですが、実は・・・・。相談が多いんですよね・・・・。

ということで、絶賛不倫してる!
不倫しそう!もう終わった・・・・。という方もまとめて人生の解答編です。

パチパチパチパチ・・・・とならないか(笑い)

まず、不倫と書くように倫理的に問題だというわけです。
倫理的に問題だと何がいけないわけ?

まず、悲しむ人がたくさん出ます。

自分の家族、相手の家族、親族、友人、知り合い・・・・まあかなーりたくさんの人を悲しませることでしょう。自分が紹介した人が不倫なんかしちゃったら、責任問題になってしまう・・・・。とまあ、たくさんの人に不幸を振りまくわけですよ。

すると本人達はいたって真剣、いたって幸せなんだけど、時間をおいて不幸を振りまかれた方々が不幸をお返しに来てしまうものなです。だから、お寺的にはまったくお奨めできない行動なんですよね。

芸能人のベッキーさんもこのパターンだと思うなあ。

とはいえ、じゃあなんで解かってて不倫なんかするの?不倫したことが無い人は思うはず。

不倫する職業の特徴は、
仕事が忙しく、家に夜遅くしか帰れない、もしくはそもそも家に帰ってこない。だから不倫する人たちはどちらかというと高収入、高学歴、出世頭、著名人・・・・・。

困ったものです。

要するに、すれ違っているわけです。愛情が。これに早く気が付いてすぐに生活を改めてくれるのが一番なんですが、やめられない止まらないのが人間ですね。極めて本能的なことなので逆らえない人続出です。それでよく懺悔で当寺の修行に来てます(涙)

どうやったら愛情の交換が上手くいくのか、その鍵は相手の価値観にあります。おいしい食べ物を食べて喜ぶのは誰しも同じですが、何がおいしいかは一人一人違うのです。これに気が付かず相手が喜ぶ事と信じてやり続けると・・・・気が付くとすれ違っていたりするのですね。少ない時間でも細かい気遣いで相手は感動するものなのです。

愛情を与える達人になる。それはある意味、あなたが相手から感謝され毎日が幸せな日々になるもっとも近道だと思います。是非、相手をどうやって喜ばせることができるか真剣に学んでいただきたいと思います。不倫なんかされていては駄目です。もちろん不倫しても駄目です。もっと、まともな異性を引き寄せてください。いいように使われる関係にゴールはありませんよ。

いやあ、ひとしきりお説教したところで、もうすべて忘れられていそうですから最後におさらいです。

1.与えた悲しみ不幸はみーんなまとめて増えて返ってきます。
2.相手に与えた喜び感謝もみーんなまとめて増えて返ってきます。

どちらでも自由に増やせますのでお好きな人生を送ってくださいね。
今回はここまで。(住職)



 

仏陀という存在の理解に必要な事

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仏陀=お釈迦様というのは厳密には違うと思う。

なぜなら、仏陀=ブッダであり、ブッダ=覚者だからである。ん?なにを言いたいのかよくわからないと言われてしまいそうだが、覚者というのはいわゆる悟りを得たものという意味であるから、ブッダとは正確には目覚めたもの、悟りを得た者であるわけで、対象がたくさんいるということになる。

だから、仏陀=お釈迦様ではなく、正確には仏陀=目覚めた方々(お釈迦様を含む)なのである。
ここでそんなはずはない、真の悟りとはお釈迦様だけだ、そんなことを思う方もいるかもしれない。しかし重要なことは真の仏陀ではなく、目覚めた者の定義である。原始仏典に近い経典を読んでいくとお釈迦様は様々な人に法話をしている。その中で、よくこの世界の本質的事象について理解できたものに「目が醒めた」というような表現をし目覚めた者として認定しているシーンが多々ある。

ここに一つの示唆があって、目覚めた者は必ずしも仏教を極めた賢いものではない。その例えに、掃除しかできないチューダ・パンタカという悟ったと認定されたお釈迦様の弟子は逸話の通り頭はそんなによくないどころか、自分の名前すらも忘れるほど賢くなかったと言われていて、この者が悟った人、目覚めた者という定義であるならば、お釈迦様の掴んだ悟りの境地とチューダ・パンタカの悟りの境地は深度が違うと考えられるのではないだろうか。

事実、歴史上の偉人や偉業を成し遂げた方々の悟りと、お釈迦様が直接説法した多くの人々の悟りはその後の得られた結果も含めて大・小があったことが推定される。仏教界では大悟という表現があるように、悟りは誰にでも理解できるものであるが、(お釈迦様が多くの一般人に法話したという事実より推測)使いこなすには深い理解が必要と言えるのではないだろうか。

こうも小難しく、仏陀の定義や悟りの定義などを話すと頭が混乱するのですこし整理してみよう。

1.お釈迦様は多くの一般人に法話して内容も含め支持されている。
2.賢い人物以外でも悟りを得ている。数多くの人がお釈迦様の法話によって悟っている。
3.悟りを得た人は、悩み苦しみの世界から抜け出している

整理すると思うことが、私はお釈迦様が現代にいるとすればやはり現代の生きた成功者を例えに様々な法話をするだろうと思う。なぜならば、彼がやりたかったことが徹頭徹尾、人々を悩み苦しみの世界から解き放ちたかったという事に対して、難しい話をしたり、聞いたことも無いような話を一般の人が共感すると思えないからである。

私も普段は、仏教をわかりやすく説明することにかなり注力している。そのおかげで、非常に解りやすいとお褒めいただくことがとても多いのだが同時に、しっかり仏教を勉強したい人に、本当の意味でどんな国の人でも、どんな職業でも、どんな年齢でも説法自在であるから仏教なのだと言いたい。

仏教は実践の中で、掴むものだと私は常に思うと同時に1秒でも早く多くの人に目を醒まして欲しいと願うのである。そのお手伝いこそが自分の楽しみでもあり、社会に対する恩返しでもあると思う。(住職)


 

この悟りというワードは業界最大のタブーの一つ。

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今まで自分は、業界の人に配慮して「悟り」という単語をあえてネット上に出していませんでした。


理由は簡単で、悟りという概念はあまりに手垢の付いたもので固定概念が強く、ありとあらゆるお坊さんが人が説明するもののよくわからないものになっており、使うことで混乱が増すのではないだろうかという懸念でした。

要するに、胡散臭いと思われたくないという気持ちです。

しかし、様々な業界のパイオニアの方々と話す中で何が仏教は良いのかをきっちり伝えないと相手に伝わらず、非難される以下の扱いにされてしまうという言葉に励まされて今はある意味堂々とこの悟りという単語を使い始めています。

正直、悟りの定義はあいまいな部分があります。
きっと各宗派ですべて違うでしょう、いや個人個人で違うレベルかもしれません。
そのくらい、ネームバリューに対して明確な定義が怪しいのです。

では、なんで自分はそれをあえて持ち出すのか?
そこに仏教の原点があるからです。

この概念を無視して実践的な仏教の使い方をしようとすると一言に根拠が無くなります。
国、年齢、人種、時間、場所・・・様々な要素に対して普遍性が示せなくなってしまうのです。

なんか言いたいことが分かりづらいかもしれませんが、仏教はそもそもインドから伝わったものです。
チベット、中国、日本、東南アジアの国々・・・世界中に広がっているのです。それはある意味、国を超えて伝わっていくだけの普遍性があったからと言えます。

仏教のどこにそんな普遍性があったのかという観点で原始仏教を見ていくと、そこにはお釈迦様が目の前の相談者に向かって世界の普遍性を語るシーンが多々あるのです。自分は、この部分を含んで破綻しないものが悟りの前提条件だと捉えています。

仏教を実践的に用いる上で、現在の社会の問題を解く、日本の問題を解く、人生の難題を解くこれらが出来なければ、ある意味仏教の悟りの普遍性を証明できないと思っています。日々、実践していくなかでそれを確固たる形で証明できる日が来るよう一層の精進をしていこう思います。

「私が人生で成功したメソッドがこの悟りという考え方だったんだ」と語れる日が私の夢の一つです。

人は形を見て納得する生き物です。判り易く結果を持って証明するそれが一番の説法ではないのでしょうか。(住職)

 

 

FBS めんたいワイドでどこでもお墓参が紹介されます!

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明日11日に日本初の法事動画、どこでもお墓参の紹介をめんたいワイドさんがやってくださいます。きっと私の説明より充実していますので、それってどんなことするの?と興味がある方は是非番組をご覧ください。(住職)

めんたいワイドFBS放送 午後3時48分より生放送

 

 

 

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以下どこでもお墓参の紹介

 

 
「お参りに行きたいけど遠いです。どうにかなりませんか」
 
この相談からすべてが始まりました。
 
遠いか・・・どうにかならないのだろうか?
真剣に考えていくうちに、他にもたくさんの問題がお寺の周りにあることに気が付きました。
 
お墓参りに行けないとお墓が荒れる。お寺との予定が合わない。病院や施設から遠い。幼い子供がいる。お布施が心配。相談しずらい。今現金がない。仕事が忙しい。
 
そうか・・・お参り一つだけでも様々な問題があるのか。

なにか良い方法はないだろうか?
そうだ!現代のネットを使うことでこれらの問題をすべて解決できる!

 
そうして出来たのが、
日本初のお寺が送るネット動画配信の法事

「どこでもお墓参」です。※登録商標出願中
 

お参りは徒歩0分の時代!

どこでもお墓参(どこでもおぼーさん)は、病院や施設に入っている方や仕事が忙しくてお墓参りできない、ご供養できない方という方々に、法事を動画で配信することで丁寧なご供養をネットを通じて簡単に申し込めるようにしました。古来より、僧侶は遠方でお見えになられない方々に、遠隔地でお経を唱えて御札をお送りしておりましたので従来の遠隔地供養がより丁寧になったとお考えください。

気持ちはあるけど、時間が無い車が無い子供がいて気を使う費用が無い、そんな社会の悩みに対して私たちが解決のお手伝いさせていただきたいと思います。

お問い合わせご相談は無料です!

0967(44)0708

どこでもお墓参のページ

http://www.kongouhouji.or.jp/contents/tenkuryo/dokodemo/

人生初の会社経営に役立つ仏教セミナー撮影会

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今回初めてセミナーの撮影会をさせていただきました。実はセミナーというのは人生で2回目でしてまだまだ皆様に教えていただくことがとても多いです。

今回は仏教の原理をどれだけ会社、組織に活かせるかというテーマで話させて頂きました。自分的には仏教のどの部分が世界中を魅了したのかというのを少しでも伝えることが出来たのは大いなる喜びでした。

また機会があれば、もっともっと日本を輝かせられるような話しをしていきたいと思います。

普段は、個人の修行社員研修講演などはやっていたのですが昨今はセミナーという形もあるのかなと思っております。

セミナーに関しましては撮影者も是非シリーズ化したいとおっしゃてくださって大変喜んでおられました。
仏教を学んでみたい!会社や組織を良くしたい!人生を輝かせたい!そんなことを思っておられる方は是非私どもにお声をお掛けください。いつでも無料で皆様の人生がよくなるようご相談に乗らせていただきたいと思っております。

本日は撮影会に関わった皆様、素晴らしい時間をありがとうございました!(住職)


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1月28日、KKTの滝修行の取材

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昨日は、滝行の監督としてkktの取材を受けておりました。自坊で水行というのはよくあるのですが、出張してというのは初めて経験でした。
 

ここは、阿蘇の古閑の滝といって冬になると滝が凍ることで有名で、見ての通り凍っております。

吉本の芸人が今回は滝行ということで、気持ち短めの時間にしていたのですが、想像以上に厳しかったのか30秒でリタイア。
 

この時期の滝行は確かに厳しいのですが、なにがあっても受け入れる、何があっても乗り越えると思うことで身体が順応していくものです。
 

痛い!冷たい!辛い!
 

だから何だというのか。
これはそういうものだ。
心でそう念じるのです。

 

修行の極意は己の心のコントロールにあります。しかしながら、本能は極めて強力で抑えがたい。それを知って、コントロールしようとする者、そうでない人は決定的な人生の差が出ます。
 

仏教の極意は世界を正しく見る
世界の流れ、人の意思、己が心、様々な世界の働きに本能をコントロールして合わせるというものです。

お説教はこの辺りで、放送はkkt21日夕方四時の旅番組だそうです。お時間がある方は是非ご覧下さい。

取材のスタッフの皆様、ならびに地元の阿蘇の古閑の滝の皆様、暖かいお茶とお漬物のご接待ありがとうございました。
(住職)

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1月10日 冬の大祭お礼

無事、冬の大祭を関係者の皆様のおかげで無魔成満させていただきました。最高の天候の中、開催できましたのはひとえに皆様のお徳によるものかと存じます。
 

社会が本当の意味で、良くなっていく為には人の感謝の気持ちが溢れる必要があります。人は感謝を忘れてしまえば、すべてを当たり前にするものです。そしてその事は、素晴らしいものでも一度味わえば当たり前だといい始める事になるのです。これは生き物に備わる慣れという性質からもたらされます。しかし、この性質は正しく用いないと人生を大きく歪ませてしまうのです。
 

仏教は儀式などを通じて人に感謝を説きます。様々な人の協力に感謝、御下がりをいただき感謝、今日出会えた事を感謝、あらゆるものに感謝することで人の心は満たされていくのです。
 

そして、初めて本能に打ち勝つ人生になり世界の働きに合う生き方になっていくのです。それは人生の様々な面での豊かさを生み出すことでしょう。
 

きっかけは、ただ良さそうだから行ってみたという人が、感謝、感謝の人生になるような大祭にしていきたいと願っております。
 

皆様、本日は本当にありがとうございました。これからも日本が少しでも気持ちの良い国になるよう精一杯精進させていただきますのでよろしくお願い申し上げます。(住職)

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