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スタッフブログ

国立公園にある永代供養墓の空撮映像が出来ました!



映像で見ると当寺の広さが解かりづらいかもしれませんが1万坪の境内です。当寺の境内が阿蘇くじゅう国立公園の大自然に囲まれた緑豊かな場所であると言うのが解かると思います。自分も、眠るなら大自然の中でゆっくり子孫を見守っていきたいと思っています。

お寺が永代に渡って皆様のご先祖様をお守りしていくには国立公園というのもとても大きなところです。周辺の自然環境がよく護られます。最後に人は自然に還っていく、古来からそうしてきたものですから皆様の安住の地として美しい境内を護り続けていきたいと思います。

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現地は、国道442号線からすぐでアクセスもよく、黒川温泉も近いので観光を兼ねてお墓参りされる方も多数おられます。現地を見学してみたいという方は、是非周辺で楽しむプランも一緒に付けてご見学の予約をされてください。

なお、ご説明が出来るスタッフが常時いるわけではございませんのでご検討の資料をいただきたいなどのニーズがある場合はご予約をお願いいたします。(住職)

人生における「未来をつくる学び」とは?

未来というのは、現在の行動の積み重ねで出来ています。今日、何を想い何を為すのかが未来の自分を作っていくのです。当然、明日の自分の為に今何を学ぶべきか?というのは、人生でとても大事になっていきます。

類は友を呼ぶということわざがあるように、人は想いに共感して集まっていますので、自身がどんな理想を思い描き、どんな人と普段接しているかで未来の自分の人生が決まっていくといっても過言ではありません。

納得のいく人生を送る為にも、誰と共に過ごすのが自分の理想の「未来をつくる学び」となるのかを真剣に考えなくてはなりません。ただ人の成長は、筋肉の成長とよく似ています。筋肉痛になるくらい限界付近のトレーニングをしないと筋肉が成長しないように、同じような人生を描いている人とだけ付き合っていては成長はないのです。

この人について行くのはきつい、こんな人生自分には無理かもしれない、そんな人にこそ「未来をつくる学び」がたくさんあるのです。自分の限界を作るのは自分の心です。そしてその限界を破るのも自分の心なのです。

お釈迦様の言葉にも同じようなことを言っている部分があります。
「誰と友人になり、どのように付き合っても、いずれもそのような人になる。そのようなものが付き合いである。」ブッダ ウダーナヴァルガ

下記の写真はめったに講演されないと言われるサイバーエージェントの藤田晋社長の講演に参加している写真です。

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社会は常に動き続け変わり続けます。「未来をつくる学び」をしなければ、人としての成長も止まり退化していくのです。ただ、歳をとっていくのではなく歳をとるほど味わいが増す、そんな人生を送りたいものです。自分もブッダイズムを通じて一人でも多くの人を豊かに幸せに出来るよう、生涯精進していく覚悟です。(住職)

 

 

ゆーわくワイドさんにどこでもお墓参を取材いただきました。

テレビ大分さんのゆーわくワイドに当寺のどこでもお墓参が取材されました!

色んなところで反響を呼んでいるこの取り組みですが、基本は当寺の永代供養を申し込まれた方の悩みを解決する為にあるものです。詳しい内容はどこでもお墓参のページをご覧ください。

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当寺の永代供養は阿蘇くじゅう国立公園の中で年5回の永代供養と費用面がとても良心的だということで九州全域からほぼ毎日ご相談を受けております。結果として、遠方の方も増えておりその方々が将来も安心してお墓参りができるようにと当寺が進めている取り組みがどこでもお墓参です。

これからの時代、多くの人は海外にも転勤するでしょうし職場の都合で遠くへ引越しをする方も増えることと思います。その時に、お墓が皆様の足かせにならないようにお寺側もできるだけ配慮すべきところもあると思っています。どこでもお墓参は見方によっては先進的にも見える取り組みですが、実際にご供養している姿を生放送でお見せするだけなので、やっている事は昔から行われているお墓参代行を動画で視聴できるようにして、より丁寧にしただけのものです。特別なことはしていません

もちろん、当寺に参りに来れる方は直接お参りに来ていただくほうが国立公園の自然豊かな場所で気持ちがよくお参りできるでしょう。

これからも、お寺が少しでも皆様のお役に立てるよう新しいものと伝統を上手に組み合わせていけたらと思っております。

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取材してくださったTOSテレビ大分のゆーわくワイド様ありがとうございました!

放送は5月31日の夕方5時頃だそうです。お時間がある方はどうぞご覧ください。

阿蘇くじゅう国立公園内にある永代供養をドローンで空撮しました!

今回、阿蘇くじゅう国立公園内にある永代供養付き樹木葬をドローンで空撮いたしました。

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当寺に初めて来られる方などのイメージでは、樹木葬といってらしゃるからさぞや山の中で不便な場所なんでしょう?

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と思っていましたという声を見学者様からお聞きします。実際には国道442号沿いで、リゾート地のど真ん中にありますので大変人気の場所なのです。当寺の近くには界阿蘇という星野リゾートの高級ホテルもすぐ側にある立地で、高原の気持ちい風と光が当たる明るい樹木葬です。

もともと、熊本地震でお墓に困った方にボランティアとして始めたお墓ですが、ほぼ毎日ご見学と相談を受けている状態です。おかげさまで九州全県からのお問合せご成約があり、他県の方で現地がまったく解からず道に迷われる方も多いので現地がイメージしやすくなるようにこういった動画を作ろうと思いました。

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現地の景色の良さは言葉ではなかなか表現できませんので、最高の天気、最高の季節という、ベストな日に空撮いたしましたので是非お時間がある時は、プロモーション動画をご覧ください。(このブログを書いている現在は動画は完成していません)

出来ましたら、またこちらでご案内いたします。(住職)

お坊さんが伝える「文通とメールの違い」からわかる意外な事実

文通とメール、現代人であればほとんどの方がメールを選択します。へたをすれば、メールすら使わずSNSかもしれません。

必要なことを伝えるだけであれば、スマホで手軽に閲覧でき素早く内容を理解できるSNS等の最新アプリの方が人をより楽にするので利用者は圧倒的増えるのです。しかし、ここで考えなくてはならないのが人の心の性質です。人という存在は、希少価値というものを喜ぶ性質があるのです。いわゆる「有難い」という言葉が示すように「なかなかない事」だから感動すると言えます。

現代でもし、大事な人に最後に言葉を残すという場面があるとしたら多くの人が自分の手で書いた文字を選ぶでしょう。そこには様々な感情が込められていて相手に伝えたいことがただ読むだけの文字以上に沢山の気持ちが伝わるものです。

一字、一字、魂を刻むが如く想いが込められている手紙は見るものを深く感動させることでしょう。

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確かに多くの人にとっては、

便利=楽 なのですが

見方を変えれば、

自分が楽出来た=受け取る相手にとって中身が軽い

とも言えます。

これは仏教で説かれる「楽は苦である」という本質の話に繋がっていきます。他人が喜んでこそ、自分が楽になっていくという事実から基づいた考え方ですがいつの時代でも変わらない社会の本質なのです。

また「文通とメールの違い」はこれからさらに進んでいく文明の本質を表わした関係とも言えます。

人が楽になるのは最先端の文明、人が人を感動させるのは人が手をかけ苦労した感情的な部分

どんなに時代が進んでも人の世の中で本質が変わらないものは沢山あります。世界を正しく見ていくことで未来の社会の姿を予見することが出来るのも仏教の特徴です。これからSNSはもっと進化して、最後には頭で単語や物事を考えただけで自動的に文章化され相手に瞬時に伝わるような時代が来ることでしょう。そうした時代を適切に生きていく為にも、人の本質について学んでみるのは大切なことかと思います。(住職)

日本一親しみやすい寺へ「挑戦したこと」とは?

まず、お寺の嫌がられている箇所の徹底したヒアリングから始めました。

その結果、お寺の付き合いの嫌がられているポイントは以下のようなことでした。

1.不透明なお布施

2.高額なお布施

3.よくわからないしきたり

以上のようなことを多くの方がおっしゃっており、まずはこれらを直すべきだと思いました。お布施の定額化、誰でも利用できる法事の価格、自由なお参りスタイル、これだけでも十分喜ばれたのですが、もっと多くの方に親しんでいただきたいと思って様々なボランティアに挑戦しました。

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1.ソフトクリームの無料接待

2.無料のドリンクバー設置

3.遊具の設置と無料貸し出し

4.地域の方に無料で会場貸し

5.天空陵の関係者に無料宿泊

6.ありえない価格でのお墓やご供養の提供

7.大祭を通じた参拝された方へ無料での振る舞い

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気がつくと相当ボランティアしていまして、初めて当寺に訪れた方がこんなことして経営大丈夫ですか?と心配されるほどです。(現在この場所で29年運営しています)色んな人から人が良すぎると皮肉られてますが(笑)

仏の教えとは、人の心を見て正しく扱う専門家です。人に喜ばれ続けるようにこれからも皆様の悩みをよく見て問題解決のお手伝いをさせていただきたいと思います。

ここが大事!?「成長し続ける人」の3つのポイント!

1番は、見ている場所が違うことでしょう。富士山に登ることを目標に努力している人は、練習は当然富士山より低い山になります。
 
ところが、エベレストを目標にしている人はどうでしょう?1ヶ月後には富士山に登ると言うと思います。人は見ている場所が違うだけで、生き方も大きな差が出てしまうのです。
 
2番は、習慣です。見上げるような資産を作った人でも数十年戻れば、大した差はなかったりします。ところが、毎日少しづつ良いものを集め続けてそれを複利していくと数十年で場合によっては1000倍は差がついてしまうのです。これもまた、意識するかしないかの差とも言えます。
 
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3番は、出会いです。この人に出会ったから人生の目的が変わったというような出会いがどれだけあったかで人としての成長速度がまるで違います。出会いを意識しない人は世界が閉じたままです。
 
皆様も、学校で習わないこの世界の目に見えないルールについて真剣に学んで見てはいかがでしょうか。努力と才能を凌駕するブッダイズムの哲学はきっと成長し続ける人になる大事な学びとなることでしょう。(住職)

シニアライフカウンセラーの講師の中で存在感を出せる人?

先日、天神でシニアライフカウンセラーの講師として二回目の講義を行ってきました。再度呼んでいただけるのは光栄な話です。

シニアライフカウンセラーというのは、文字通りシニアライフを快適に送るために必要な知識を学ぶ資格です。様々な専門家が自身の経験をもとにアドバイスおよび講義をしています。実のところ、こういった会にお坊さんが参加するということは稀です。なぜならば、お坊さんと一言にいっても何宗のやり方なのか、どこ地区の流儀なのかといった個性が出やすいのがお寺業界であり、葬儀、法事、お墓について統一見解を出すと言うのは本来はとても難しいことでもあるのです。

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しかし、そこは仏教をよくよく理解していると解決する問題でもあります。本来、仏教はインドで生まれ、チベット、中国、日本と多くの国々を渡って伝わっております。日本だけで仏教を理解するならば、何宗のやり方はこうするものだとか、どこ地区はこういう儀式をするとか、なかなかまとまりづらい部分があるのですが、世界を通じて仏教を見るならばちゃんと統一見解が出せます。自分はそういった誰がどこでやってもここは外せない大事な仏教のポイントというのを通じて、シニアライフカウンセラーの講師をさせていただいております。

前回は初回でしたので、すこし慣れない部分もありましたが今回は実際の相談事例から問題点などを丁寧に押さえつつ解決のアドバイスをさせていただきました。おかげさまで、講義が終わった後に色んな方から「もっと詳しく聞きたかったです」とか「すごく勉強になりました」とか「楽しかったです」とか様々な好評をいただきました。(実際に具体的な相談された方もおられます)

運営の方に自分の講義の感想を聞くと、他の講師の方とは受講者の食いつき方がまるで違いますとお褒めの言葉をいただきました。きっと講師の中でも一際、存在感が出せる人だったのではないでしょうか。これからも皆様のシニアライフが不安なく快適に過ごせるよう、精一杯アドバイスさせていただきたいと思う次第です。(住職)

○○とは、自分を超え続けるという心の象徴

お釈迦様は、亡くなる寸前で弟子たちにこう告げます。

 

「自分の心を拠り所にし、

この世界の普遍的な法を拠り所にしなさい。

私(お釈迦様)に頼る必要はない。

世界は日々変わり続ける。怠けることなく努力し続けなさい。」

(写真は当寺で水行するTIMのレッド吉田さん)

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この逸話が、

拠り所=ともし火=ローソク

努力し続ける=最後まで燃える=線香

となっていったのです。

 

自分を超え続けるというのは、常に努力を怠らず、時代の変化に適応し続けるという、仏教的な考え方とも言えるでしょう。(○○とは線香のことです)

 

人の世の中の変化には、一定の法則性があります。その法則性を学び正しく努力することが、人生を切り開く人には必要不可欠な事だと私は思います。実際に、自分も含め沢山の人がこの事に気がついて自由で豊かな人生になっているのです。

 

当寺の仏教道場では、ブッダイズムを通じて世界の普遍性をブッダの哲学から学び、実践することで自分を超え続けたいという人にきっと役に立つことでしょう。(住職)

 

お布施の額は周りの声が気になる?気にならない?

お寺付き合いのもっとも嫌がられている事のひとつがお布施の額です。

多くの人にとってお金は大事です。そのお金が予定より多く出す羽目になると大変な苦しみが生まれてしまうのです。お金に相当な余裕がない限り、時価という寿司を好んで食べる人ばかりではないでしょう。いくらと言われるかわからないからです。

ところが、お寺はお布施はお気持ちという名の時価です。お寺によってはお布施が安すぎるといってつき返すところもあると聞きます。そこで、困った檀家さんたちが周りの声を聞いて、誰々さんはいくらのお布施だったらしいとか、あの人はお布施が少なかったから相当嫌味言われたらしいとか。周りの声を気にせずにはいられないようなお寺もあります。

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なぜ、そのような不確定なお布施なのでしょうか?それは、

お寺のお布施=お寺の住職さんの考え方

だからです。そこの住職さんの考え方一つでお布施の額が決まるわけですから、まったく基準はありません。お寺の格が高いから?うちの地区は昔からこの金額?檀家さんの数で頭割りしてる?

色々な理由が述べられていますが、すべてのお寺でお布施に対して独自のルールが採用されている時点でお寺の住職さんの判断だと言わざるを得ません。

ちなみに当寺はお布施は定額です。自分だって時価のものは買いませんので皆様にもそんなことで苦しんでもらいたいとは思わないのです。もともと、お布施がお気持ちでという慣習は、出来ることでお礼をすればいいですよという意味で、農家ならお野菜、漁師ならお魚、家具屋であれば家具など、持っているもので感謝のお礼をするといいですよという意味であって、歴史的には住職がお布施が安いとか高いとか言うようなものではないのです。現在は貨幣経済ですので、お礼は貨幣になりやすいですけどね。

ご供養は元々、感謝の気持ちを供えるものです。その感謝のお供えの一つにお布施があるのです。もっとも大事にすべき気持ちの部分に、嫌々な気持ちがお布施を通じて乗るのであればそれは本末転倒なご供養と言えるでしょう。お布施の事を気にせず、気持ちよくお世話になった人にお参りしていただきたいものです。(住職)

 

 

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