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スタッフブログ

1月14日の冬の大祭、開運星祭りを無事終えました。


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星祭りを無事行う事が出来ました。関係者の尽力に感謝です。

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見ての通りの大雪で、準備期間中は軽く−10℃を超える大寒波の中での設営は下手な水行よりずっとこたえました。

行事中、素足くらいどうって事ないと思えるほど吹雪の日は酷い有り様でしたが、こうして無事に終われた事に感謝です。

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きっと、参加された方々も含め心身共に鍛えられてさらなる福が訪れることでしょう。
また、天空陵の御霊に対しましてもしっかりとご供養させていただきました。

関係者の皆様、厄祓いお疲れ様でした!(住職)

永代供養とは?知っておくべき4つのポイント!

今回は、永代供養について知っておくべき4つのポイントについてご紹介します。
 
1.寺院の永代供養と霊園の永代供養
永代供養を受け付けてくれるのは主に寺院と霊園です。
寺院だからといって、檀信徒契約を結ばなければならないということはありません。
また、霊園だからといって、供養は職員がするのか、というとそんなことはありません。
 
ほとんどの霊園は、経営主体が宗教法人ですし、そうでなくとも寺院と提携しています。
供養していただける寺院が必ずいるはずです。
どちらを選ぶかは、予算や立地など、さまざまな条件から考慮しましょう。
 
2.供養のなされ方
自分たちで供養できない位牌や遺骨を預けて代わりに供養をしてもらいます。
通常、遺骨は永代供養塔の内部で保管されたり、土中に埋葬されたりします。
 
3.永代供養墓の形態
遺骨を安置する永代供養墓の形態はさまざまです。

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・合葬スタイル
遺骨を骨壺から取り出して地下の共同カロートの中に埋葬します。
カロートの下部は土や砂になっていて、遺骨が土に還るようになっています。
礼拝できるような石碑の形をとっていることが多く、仏塔や仏像を据えることもあります。
 
・供養塔スタイル
外観は合葬スタイルとそっくりですが、内部構造が棚状になっていて、骨壺を並べて安置できる仕組みです。
十三回忌や三十三回忌などを迎えると合葬することが多く、供養塔の地下に共同カロートが設計されていることが多いようです。
 
・個別墓スタイル
最終的に合葬されること、つまり他の方と同じカロートに埋葬されることに強い抵抗感を持たれている方も多くいます。
 
4.永代供養にかかる費用
 
料金体系は寺院や霊園などによって大きく異なります。必ず個別に確認しましょう。
 
・永代供養料
こればかりは実に様々です。
10万円程度で受け入れてくれるところもあれば、100万円近くすることもあります。
合葬だけであれば数万円という寺院もあるので、個別にお尋ねしてみましょう。
 
石碑や霊標に故人の名前などを彫刻することがあります。
通常費用に含まれていることが多いのですが別途必要なこともあります。3~5万円くらいでしょう。
 
・仏壇やお墓の処分費
これまで祀ってお仏壇やお墓を処分するときにはまず必ず寺院に閉眼供養をしていただきましょう。
その謝礼は1~3万円程度でしょう。
 
お仏壇やお墓の処分費は大きさや規模にもよります。
お仏壇の場合は5万円前後。お墓の処分は墓地面積1㎡あたり10万円くらいが相場でしょう。
 
費用は本当に寺院や業者によって大きく異なるので、必ず個別の確認をおすすめします。
 
 
<まとめ>
ここ近年、様々な納骨及び永代供養のスタイルが確立されてきました。
宗教観も様々です。
今後の墓守をどのようにしていくか、さらには、ご自身の納骨スタイルなどを検討する必要があるのかもしれません。(スタッフ)

永代供養とは?多様化するライフスタイルを知ろう!

誰しも、いつか迎える「死」。日本では、亡くなった後は荼毘に付したあと、遺骨を骨壺に入れて墓に埋葬することが一般的な方法です。
 
しかし、先祖代々継承してきた墓も、少子化や非婚化にともない、管理する後継者が絶えてしまい「無縁墓」になるケースが増えています。
 
そんな中、生前から「永代供養」を望み、先祖代々の墓を撤去する「墓じまい」を行う人も少なくないようです。この「墓じまい」や「永代供養」とはいったいどんなものなのでしょうか?

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・約30年前に登場した「永代供養墓」
「無縁墓」は管理する人がいないため草が生え放題になり、景観を損ねることから問題視する声が大きいといいます。
なかには、管理料が滞納されている墓地の戸籍情報をたどって使用者や縁故者を探し、見つからなかった墓の使用許可を取り消し、遺骨を合葬して供養している霊園もあるようです。
 
そうした時代の変化も受けて、生前に新しくお墓を購入せず、すでに存在する墓があれば撤去して「墓じまい」をする人も急増しています。そこで、急速に普及しているのが「永代供養墓」です。
 
永代供養墓とは、墓を子孫が継承することを前提とせずに、多くの場合は不特定多数の人と合祀される墓のことです。
家族に代わって寺院や霊園が供養してくれます。
永代供養墓の歴史は比較的新しく、1980年代にお墓の承継と維持が難しくなったことを受けて登場したといわれる埋葬方法なのだとか。
 
・永代供養墓はコストも割安
墓が遠方にある人は、最低でも2回から3回現地に赴かなくてはいけないので、年末年始やお盆の休みなどを利用するなどして、計画的に進めることが必要かもしれません。
しかし金剛宝寺では、遺骨を寺院に直接持ち込む他に、ゆうパックで郵送する方法も選択できます。
 
ちなみに、金剛宝寺で永代供養墓へ埋葬してもらう場合、掛かる費用は年間管理費0円、墓石、工事費、永代供養込みで、追加費用なしの40万円。
しかし都内近郊で個別に墓地を購入するには、寺院で220万円から500万円、民営墓地の場合90万円から260万円が平均価格帯であり、永代供養は低価なことが分かります。
 
「これまでは、お墓以外に選択肢がありませんでしたが、最近は永代供養や納骨堂、海洋散骨など、希望に応じてさまざまな埋葬の選択肢が増えています。
子どもに迷惑を掛けたくない、お墓を管理してくれる子どもがいないという人も、永代供養にすることに抵抗感が少なくなってきているように感じます」
 
ライフスタイルが多様化しているなか、お墓選びは人生の最後を決める一大事。家族の希望も聞きながら、どこでどのように眠りにつくか、元気なうちに検討しておくことが望ましいのかもしれません。

TNCの「バリすご8」で九星隊さんが当寺の修行をされました!

TNCの「バリすご8」で九星隊(ナインスターズ)さんが修行した番組が1月14日、24:30から放送されます。番組の宣伝が公式からされておられましたのでご紹介いたします。厳しい修行にも真摯に取り組むとても素晴らしい青年達でしたので是非、番組を見て応援してあげてください。私も応援しております!

詳しい内容は番組でご覧ください。

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改宗とは、信仰する宗教を替えること

「改宗」という言葉、あまり聞き慣れないですよね。

改宗とは、宗教を替えることです。

日本人は特定の宗教を自発的に信仰しているという意識があまりないようなので、いまいちピンとこないかもしれません。

しかし、「宗旨替え」と聞くと、多少は具体的なイメージができるのではないでしょうか?

付き合いのあるお寺を替えることは、宗旨替えにもつながってきます。

現代は、学校や仕事や結婚などで、さまざまな土地に引っ越して生活します。

昔のように、生まれた場所で生活し続けて亡くなっていくことの方が、稀かもしれません。

こうした社会の状況が背後にあるために、改宗や宗旨替えは現実的な問題として私たちに迫ってきます。

離檀(りだん)とは、先祖代々を供養してくれたお寺を離れることですが、この記事では離檀家中心に、改宗や宗旨替えについて考えていきたいと思います。


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【檀家制度の始まり 家とお寺がセットになった】

 

日本国憲法では信教の自由が保障されています。

ですから、どんな宗教を信仰しても構わないのです。

とはいえ、個人の信仰とは別に、日本のイエ制度には常にお寺の存在がその背後にありました。

これは、江戸時代に幕府が敷いた「檀家制度」が現代にもなお影響を残しているからです。

民衆はかならずどこかのお寺の檀家として所属しなければならず、菩提寺は檀家の葬祭供養を独占的に取り仕切りました。

江戸時代まではそのような社会システムはなかったのですが、キリシタンの排斥や戸籍の管理のために幕府はお寺を出先機関のように利用したのでした。

その家に生まれる、あるいはその家に嫁ぐということは、必然的にその菩提寺の檀家になることを義務付けられます。

現代では、信教の自由が保障されているので、そうした強制力はありません。

しかし、代々の先祖の供養を任せています。

また場合お寺のお墓の中に先祖が眠っています。

このような状況下では、そう簡単にお寺を替えるなどできないでしょう。

現代においても、檀家制度は未だに強い影響力を持っているのです。

 

 

【現代人の悩み 墓じまいや改葬などで、改宗が迫られる】

 

大分生まれの人が東京の大学に進学し、就職したまま定住してしまった。

親は大分にいるし、先祖の仏壇も墓も大分にある。でも大分に帰る予定はない。

さあ、親を、仏壇を、墓を、どうしよう。

こうした話は本当によくあるケースです。

東京に生活の基盤があるけれど、親も先祖も大事だから、お墓を引っ越ししたい。

こう考えるのはごく自然なことです。

決してそのお寺が嫌になったとかではなく、やはり家から近い場所で手を合わせたいと思うからこそ、墓じまいや改葬をせざるを得なくなるのです。

現代において改宗や宗旨替えは、信仰心の問題ではなく、生活環境の変化の問題なのです。


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【檀家を離れる際には”離檀料”が必要なことも】

 

お寺の檀家をやめることを”離檀”と呼びます。

長年付き合ってきたお寺との関係を終えることですが、”離檀料”を請求されることもあります。

この離檀料に法的な根拠はありませんので、用意しなくてもいいですし、任意の金額でも構いません。

と、言葉では簡単に言えますが、これまでお世話になったお寺に「◯◯円を離檀料として納めてください」と言われてしまったら、やっぱりなんとかお金を工面して支払ってしまうものです。

お寺は"宗教"ですから、法律で割り切れないところがあります。

法律上は問題ないとしても、私たちの心情的に納得できるかどうか。

ここがとても大切で、とても難しい部分ですよね。

とはいえ、これまでお世話になったお寺です。

お礼の気持ちを込めてお布施として包む行為そのものは大切なことだと考えます。

金額については、もしも納得がいかないようでしたら、お寺と話し合いましょう。

それでも受け入れてもらえなければ、

「これが精一杯の気持ちです」

などと言葉を添えて、任意の金額をお渡しすればいいのではないでしょうか。

角が立つことはおすすめしませんが、それでも受け入れてもらえなければ弁護士などを立てるほかありません。

 

【寺院境内にお墓があって墓じまいする場合には、離檀は避けて通れない】

 

寺檀関係は、檀家の側から一方的に連絡を断ち切れば、自然に消滅させることだってできます。

もちろん筆者はそのような方法はおすすめしませんし、お寺との関係も、他の人間関係と同様に、礼儀正しくするべきだと考えます。

ただし、お墓が寺院の境内にある場合は、寺院との交渉は避けて通れません。

お墓や遺骨を守ってもらっているからです。

また、寺院境内での工事は指定石材店がいることが多く、費用も言い値になってしまうことがあります。

このあたりは十分に注意しておきましょう。

 

 

【戒名の授け直しが必要な場合もある】

 

さて、新たに檀家になるにあたって、新しい戒名を授からなければならないこともあります。

戒名とは菩提寺から授かる仏弟子としての名前です。

すでに他のお寺から戒名を授かっていることをよしとしないお寺もあります。

戒名は、宗派によって使用する文字や形式が異なるため、同じ宗派同士のお寺であればまだしも、宗旨替え、つまり違う宗派のお寺へ移るのであれば、なおのことその宗派に則った戒名を求められるかもしれません。

その場合、戒名料を納めなければなりません。

中には、すでにいただいた戒名のまま受け入れてくれるお寺もありますので、必ず事前に確認しておきましょう。


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【金剛宝寺の基本姿勢は ”来る人を拒まず、去る人を追わず”】

 

金剛宝寺には檀家がいないそうです。檀家制度に頼らないお寺なのです。

土地に縛られたり、先祖代々からの付き合いの延長として寺檀関係を維持するのではなく、どんな人でも受け入れるという、本来あるべきお寺の姿を目指して取り組まれています。

檀家制度は江戸時代の産物。それまで人々は、この家に生まれたからこのお寺を信仰しなければいけない、などと信仰が強制されることはありませんでした。信仰したいと心から思える僧侶やお寺に手を合わせ、喜捨(きしゃ:お布施などを施すこと)していたのです。

これが、信仰の本来あるべき素朴な姿なのかもしれません。

金剛宝寺には、檀家制度がないから、そもそも”離檀”という考え方もなく、当然、離檀料というものもありません。

また、すでに他のお寺から戒名を頂いている場合も、その戒名のまま受け入れてくれるとのこと。

しかも、もしもつけ直しを希望する人には、無料で新たな戒名を授けてくれるそうです。

”檀家”や”戒名”のような制度や形に捉われない姿勢。

これこそが、本来あるべき、お寺の姿のように思われます。 文責・十村井満

 

 

 

 

法事は、亡くなった人を偲んでつながりを確認しあう機会

法事とは本来「法要」と呼びます。

「法」の「要」と書くわけですが、仏法の要点、つまり仏さまの教えを知るということが、その語源にあります。

 

お寺では、毎年の年中行事としてさまざまな法要が執り行われています。

お彼岸に執り行う"彼岸法要"や、お盆時期の"施餓鬼(せがき)法要"、建物を新しくした際の"落慶(らっけい)法要"など。

いずれも檀家やお寺と関わりのある人たちが本堂に集まり、共に本尊を礼拝し、そして仏の教えを聞くのです。

 

このように、「法要」にもいろいろなものがあるのですが、昨今よく使われる「法要」や「法事」という言葉の場合、先祖の命日に親族が集まって、寺院を招いて供養することを指すことが多いようです。

こうした死者を偲ぶ法要のことを、"追善法要"や"回忌法要"と呼びます。


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【人は49日でホトケになり、33年でカミになる】

 

日本の民俗では、亡くなった人の魂を"荒魂"(あらみたま=死霊)と呼び、四十九日法要を済ませることで"和魂"(にぎみたま=祖霊)となり、さらに三十三回忌法要で供養は完成され、"氏神"(うじがみ=神霊)となると考えられてきました。

 

こうした死後観は、日本古来よりの民間信仰、儒教、仏教、神道などのさまざまな習俗や宗教論理が組み合わさってできあがっています。

 

いずれにせよ、定期的に集まる法事は、死者をきちんとホトケやカミにするために、子孫たちが集まって執り行います。

人が人をホトケにし、カミにする。

日本の宗教観はなんともダイナミックですが、その根幹には、仏教や神道などの宗教よりももっと原初的な、自然崇拝や先祖祭祀といった感覚が染みついているものだと思われます。

 

 

【追善法要:葬儀のあとの7日ごとの法事】

 

通夜と葬儀を終えますと、7日ごとに親族が集まって法要を執り行います。

これを"追善法要"と呼びます。

 

人は亡くなると49日の旅に出て、閻魔王に裁きを受けて、来世の行き先が決まります。

さて、遺された家族はというと、

「おじいちゃんには地獄に落ちてほしくない」

「天国や浄土に行ってほしい」

このように願うのは自然なことです。

そのために、7日ごとに寺院を招いて、そして親族も集まり、「故人が成仏できますように」とみんなで手を合わせ、故人のあとを「追」うように「善」い行いを積むのです。

 

最近では忙しい世帯が増えているために、初七日法要を葬儀当日に行い、四十九日までの法要を省略するケースが増えています。

 

 

【回忌法要:定期的に集まり、死者と生者のつながりを確認する】

 

四十九日法要を終えると、あとは百か日、一周忌、三回忌、七回忌と続いていきます。

三十三回忌で個別の先祖供養は完成し、その後は古く大きな先祖へとまとめられていきます。

回忌法要は、定期的に死者を偲ぶ大切な機会です。

 

そしてなによりも、普段会うことのない親戚同士がつながりを確認できる場でもあるのです。

みなさんも、ひさしぶりに親戚と顔をあわせて、昔話に盛り上がるというような経験はありませんでしたか?

 

昔の人たちは、自分たちの生活の中に死者を取り入れることがいかに大切かをよく知っていました。

 

仏壇に手を合わせたり、お墓参りをしたりすることで、私たちのルーツである両親、祖父母、そしてご先祖様という"縦軸のつながり"を常に確認し、私たちの生命は強く、太く感じられるのです。

 

そして同時に、定期的に法事をすることで、いまのこの世を共に生きている親戚たちという"横軸のつながり"をも強くすることができたのです。

まったくよくできたシステムではないでしょうか。

 

 

【四十九日法要までに準備しなければならないこと】

 

法事の中で最も重要なのは四十九日法要でしょう。

死者がホトケとなる、とてもとても大事な法要です。

ここでは四十九日法要までにしなければならないことをまとめました。

 

●位牌や仏壇の用意

法要までに位牌を用意しなければなりません。

仏壇がなければ仏壇も用意して、その中に位牌を祀ります。

葬儀の時にいただいた白木の位牌は仮のものです。

ちなみに、その位牌や遺骨を置く祭壇も白ですし、道具も白無地を用います。

葬儀の時の道具は四十九日まで、白いものを使用するのです。

これは、死者を祀る道具と先祖(ホトケ)を祀る道具を区別するためです。

四十九日法要を終えることで、故人は晴れて先祖の仲間入りを果たすので、祭壇も白木の仮祭壇から仏壇にし、位牌も白木の仮位牌から塗りなどの本位牌にします。


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●日程と場所の決定

いつどこで執り行うかは寺院と相談しましょう。

多くは仏壇のある自宅か、寺院で行います。

日程は死後49日目に執り行うのが正式ですが、平日の場合、仕事などで忙しく、集まることが難しいでしょう。

最近は、49日目よりも手前の、土日祝日などに設定することが多いようです。

 

●料理の手配

法要後は参列者が揃って食事をします。

なぜ葬儀や法事のあとに会食をするのかと言うと、民俗学の"神人共食"という考え方が根底にあるのでしょう。

神仏を介して共に食事をすることで、お互いのつながりを強くする作用が働くというものです。

 

●引き物の手配

法事に参列していただいた人たちにお礼の品を1組に1つ渡します。

こちらも手配しておきましょう。

 

●香典返しの手配

葬儀の時にいただいた香典のお返しは、四十九日法要を無事に済ませた報告を兼ねて、先方に贈ります。葬儀を終えると速やかにリストの作成や商品の選定をしなければなりません。

 

●墓石への文字彫刻

もしもすでに墓石を持っていて、四十九日法要に埋葬するのであれば、墓石や霊標に故人の名前を彫刻しなければなりません。石材店に相談しましょう。

 

 

【回忌法要で準備しなければならないこと】

 

回忌法要とは、四十九日よりあとの法要のことで、百か日、一周忌、三回忌、七回忌と続き、最後は三十三回忌で完成です(地域によって五十回忌のところもあるようです)。

 

回忌法要はそんなに難しいことはありません。

 

日程と場所を決め、寺院と一緒に法要を執り行って故人を偲びます。

参列者には引き物を用意して、法要後に会食の席を設けるのがよいでしょう。


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いかがでしたか?

亡き人とわたしたちがつながることができるのが法事です。

また、法事には親戚が集まるので、いまを生きているもの同士のつながりも確認できます。

普段聞くことのできないお寺様の話を聞くこともできます。

忙しい毎日に追われる中で、先祖の供養のためにみんなが集まり、手を合わせ、仏の教えに耳を傾けることができる、とても素敵で有意義な集まりなのです。  文責・十村井満

 

家族葬で、得られたものと失われたもの

葬儀について何か書いてくださいと言われ、あれこれ考えました。

「葬儀」とひとことに言ってもあまりにも切り口がたくさんあるからです。

葬儀の流れや、マナーや、お金の話もいいのですが、そういった情報はweb上でイヤというほどに出回っています。

 

ここは金剛宝寺というお寺のサイト。

 

ひとつ、葬儀の本質に食い入るテーマを書きたいなということで、「どうして人は葬儀をするのか」という角度から、いま流行の家族葬について考えてみることにしました。

 

というのはですね、葬儀の本質は、”人が人に会うこと”だと確信しているからなのです。

この観点で考えた時に、参列者を制限する家族葬が、本当にあるべき葬儀の形なのだろうかという疑問に、どうしても行き当たってしまうのです。

 

家族葬にはいい面もたくさんあります。だからこれほどまでに普及したのでしょう。

でも、家族葬によって失われたものもまた、たくさんあるのです。

 

それらを、ひとつひとつ、ひも解いていきたいと思います。


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【家族葬が普及した理由】

 

まずは、家族葬がどうしてここまで普及したのかについておさらいします。

 

1)さまざまな”縁”の希薄化

 

まずなによりも、さまざまな”縁”が希薄化しています。

親縁(親族間のつきあい)、地縁(隣近所や地域の人たちとのつきあい)、社縁(会社や仕事上の関係先とのつきあい)などなど。

ひと昔前の葬儀は積極的に参列者を迎え入れたのですが、その多くはここに挙げた親族や、ご近所さんや、会社関係の人たちでした。

こうした人たちのいわゆる「義理」の参列を敬遠する風潮が広がっていきました。

 

2)高齢化で呼ぶべき参列者がいない

 

2016年の調べでも日本の平均寿命はいまだに過去最高を更新しているとのこと。

息を引き取った故人が高齢であるために、そもそも呼ぶべき人がいない。

このような理由で家族葬にするというケースもよくあります。

 

3)接待葬儀への反動とバブルの崩壊

 

バブルの時代までの葬儀は、故人を偲ぶことよりも、いかに参列者もてなすか、いかに見栄えをよくするかという、いわゆる「接待葬儀」が加熱していましたが、同時にこうした風潮を冷ややかに見る向きもあったようです。

バブルが崩壊して景気が低迷することで、社会全体がお金をかけない葬儀へとシフトしていったのです。

 

 

【家族葬によって得たもの 多様な弔いの受け皿に】

 

家族葬の普及は、社会のニーズに合致しています。

「祭壇を豪華にしなければ」「料理をたくさん用意しなければ」

こうしたことよりも、「故人をゆっくり偲ぼうよ」という流れそのものは健全です。

 

これは筆者が葬儀社に勤務していた時に喪主様から聞いた話です。

当時よりさらに10年前にお母様の葬儀を執り行ったという喪主様は、その時は親族や近所の人たちにも訃報を流したかったが、やむを得ない理由で、当時珍しい家族葬で執り行いました。

すると、大規模葬儀が全盛の時代だったこともあり、あとから周りの人たちに「そんな葬儀じゃ供養できないよ」と言われたそうです。とても苦しい想いをされたそうです。

「いまは家族葬が当たり前になったから、安心してオヤジを送り出せるよ」としみじみ語っていた姿が印象的です。

 

小規模な葬儀では、まわりを気にすることなく自分たちの望む葬儀を執り行うことができます。

いまでは家族葬や直葬などは市民権を得ているために、跡取りがいない、費用を捻出したくてもできないなどの、小規模の葬儀に頼らざるを得ない人たちの心理的な受け皿になっています。

この功績は計り知れないでしょう。

なぜならば、葬儀の大小が供養に関わることなんて、あってはならないからです。

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【家族葬によって失なわれたもの 人には弔われる権利も弔う権利もあるはずだ】

 

一方、家族葬によって失われたものもあるのではないでしょうか。

端的に言うならば、「参列できない!」ということです。

 

よくある家族葬のデメリットとして

 

「葬儀後に訃報を伝えたことで、苦言を呈される」

 

…というものがあります。

 

「どうして先に教えてくれなかったの」「あの人の最期の葬儀なのに」

 

あとから聞かされた人たちのこうした気持ちも分からなくはありません。

 

葬儀を取り仕切るのは家族です。

お金のこと、お寺様とのやりとりのこと、各方面への連絡やお礼など、しなければならないことはたくさんで、負担が一気にのしかかります。

喪主や家族が大変なのは、よく分かります。

しかし、故人には弔われる権利がありますし、どんな人にも弔う権利があります。

 

故人は家族とだけつながって、この世界を生きてきたのではありません。

さまざまな人とのつながりの中で生きてきたのです(もしかしたら家族よりも長い時間をも)。

そうした社会的つながりのあった人たちと、最期に出会う場所と時間を制限してしまう家族葬は、ある意味乱暴でもあるのです。

 

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【葬儀の本質は、人が集まること】

 

筆者は、葬儀の本質は、人が人に出会うことだと思っています。

遺された人が故人様に会いに行く。

悲しみに暮れる遺族を慰めに行く。

故人を介すことで、死者も生者がつながる。生きている者同士が「つながっている」ことを再確認することができる。

人さえいれば、葬儀は成り立つのです。

 

もちろん…

「故人の最期だからきれいな祭壇を飾ってあげよう」

「来てくれた人たちにわずかでも料理を振る舞おう」

…こうした"おもてなし"の精神はそれこそ日本人の美点で、素晴らしことだと思います。

 

でも、大前提として考えるべきは、亡くなった人がいて、その人を囲む人たちがいれば、それで葬儀は充分成り立つのだ、ということではないでしょうか。

 

亡くなった人に会えて、肌に触れ、手を合わすことができれば、それで葬儀なのです。

遺されたもの同士が、亡骸を目の前に、思い出を語り合うことができれば、お互いを励まし合うことができれば、それで葬儀なのです。

私たちだけでは処理しきれない、故人の霊魂の問題を解決するために、僧侶がやって来て、供養してくださる。それで葬儀なのです。

 

死者が、家族が、親戚が、縁のあった人たちが、そして僧侶が一堂に集まれば、それで葬儀なのです。

 

葬儀の本質は人が集まることです。

 

7万年前のネアンデルタール人も、故人に花を手向けました。

そこには、背伸びした葬儀費用も、祭壇も、料理もありません。

死者を、仲間たちが囲んで、花を手向け、涙を流し、慰め合っただけです。

それが、葬儀なのです。

 

お金を節約する。祭壇を小さくする。

全然構いません。

だけど、故人のために、そして喪主や遺族のためにも、人が参列してくれることだけは、制限しないことをおすすめします。

人に偲ばれる、人に励まされることが、どれだけ私たちを勇気づけてくれることか。

 

心のこもった参列や弔問には、悲しみや戸惑いにくれる遺族の明日を、少しでも明るく照らしてくれる力があります。

 

人は、人によって、助けられる。

葬儀とは、そういうものだと、思うのです。 文責・十村井満

OABのJOKER DXさんに修行で取材していただきました!

OABさんのジョーカーデラックスさんに修行を取材していただきました。
深夜テンションの番組ということで気楽に修行のお付き合いをしたのですが、この日は前日からの雪が残っており気温は氷点下。

写経、水行、火渡りと一人づづ修行を体験していただきました。

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修行についての心構えを説います。


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写真が小さくてわかりづらいですが、雪の積もる中で水行しています。

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素足で護摩行を行い。


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その後に火渡り修行。


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最後に記念撮影です。


詳しい放送日などは公式サイトをご覧ください。

番組概要
 
放送内容01
企画・演出・MCに至るまで
面白くなければスグ打ち切り?!
「おおいた」の色んな人、モノ、場所をユル~ク紹介する
実験的深夜番組。
 
放送時間
毎週金曜日 深夜0時20分
※放送時間は変更になる場合があります。
 
出演者
中島綾菜
首藤将太(野良レンジャー)
梶川善寛
 

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天空陵テレビCMの別バージョンを公開します!

熊本県と大分県には一度流させていただいた永代供養墓「天空陵」のテレビCM、皆様はご覧になっていただきましたでしょうか?

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実は、あのCM最後までCM考査というものに引っかかったものがありまして泣く泣くカットされた部分があります。基本TVCMはイメージCMが多いので、具体的に価格を出したり、提供する内容を明示するのはとても難しいようです。

今回ご紹介する別バージョンは、九州随一という価格も、そこまでしますかという推しの部分もカットされていないフルバージョンです。



永代供養、戒名無料、墓石、永代使用料、管理費なし、納骨は6体までご利用可能

上記の内容は、とても良心的だというお声をいただくのですが実は他にも良い点がたくさんあります。CMでは書きすぎると聞き取れなくて混乱するので本当にお勧めの部分だけ載せています。

詳しく見学していただいて、担当者に聞いていただくのが一番でしょう。年が明けて季節が良くなったらまたCMは流していきたいと思います。(住職)

天空陵の購入者から法事の感想をいただきました。

当寺に法事を申し込まれた方に感想を書いていただきました。

この日の法事はご両親の追善供養で、全国から親族を一堂に集めて法事を行うというものです。
総勢16名の方がお見えになられました。


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遠路から初めてお見えになる方々に、心を込めて法事をさせていただき、その後、仏教とはなにか?ご供養とはどうすれば最高のご供養になるのかといったものを法話させていただきました。ただ、なんとなくお経を聞いていただくのではなくどういう内容が書かれており、亡くなった故人や生きている人にどんな影響があるのか。また、どう活用していけばいいのか。そういった生きた仏教の話をするのが自分は大好きです。
 

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終わって皆様と記念撮影。(実際には子供たちが遊具に走っていて全員が揃ってないのですが)

という事で感想のお手紙をいただきました。

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ご協力いただきましてありがとうございました。
また、ご家族でお参りに来てください。楽しみにしております。

(住職)

 

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