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2016年1月

1月28日、KKTの滝修行の取材

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昨日は、滝行の監督としてkktの取材を受けておりました。自坊で水行というのはよくあるのですが、出張してというのは初めて経験でした。
 

ここは、阿蘇の古閑の滝といって冬になると滝が凍ることで有名で、見ての通り凍っております。

吉本の芸人が今回は滝行ということで、気持ち短めの時間にしていたのですが、想像以上に厳しかったのか30秒でリタイア。
 

この時期の滝行は確かに厳しいのですが、なにがあっても受け入れる、何があっても乗り越えると思うことで身体が順応していくものです。
 

痛い!冷たい!辛い!
 

だから何だというのか。
これはそういうものだ。
心でそう念じるのです。

 

修行の極意は己の心のコントロールにあります。しかしながら、本能は極めて強力で抑えがたい。それを知って、コントロールしようとする者、そうでない人は決定的な人生の差が出ます。
 

仏教の極意は世界を正しく見る
世界の流れ、人の意思、己が心、様々な世界の働きに本能をコントロールして合わせるというものです。

お説教はこの辺りで、放送はkkt21日夕方四時の旅番組だそうです。お時間がある方は是非ご覧下さい。

取材のスタッフの皆様、ならびに地元の阿蘇の古閑の滝の皆様、暖かいお茶とお漬物のご接待ありがとうございました。
(住職)

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お守りの紹介その1 あなたの試験のお助けに

こんにちは、金剛宝寺スタッフです。

火曜日くらいまでお寺はかまくら作れるくらいに雪どっさりでしたが、昨日から今日にかけての雨で現在境内がどろっどろです(;´・ω・)

参拝に来られる方はお足元にご注意くださいませ。

 

さて、今回からこのカテゴリでお守りを紹介させていただきます。

最初はこちら。

縁結びのお寺なので縁結びのお守りから…とは思いましたが、現在まだまだ受験シーズンまたはテスト期間の方もいらっしゃいますので、

今日は「勧学お守り」を紹介させていただきます。

学問や知恵をつかさどる文殊菩薩さまのお札を入れており、受験や資格試験の合格だけでなく、成績アップや集中力や洞察力のアップも祈願させていただいております。試験勉強はここまで頑張ったけどあと一押しほしい!方や、新学期から心機一転頑張っていきたい方にお勧めです。

お求めはこちらからどうぞ。赤色もご用意しております。                        (スタッフ)

 

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どこでもお墓参開発に対する想い

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どこでもお墓参を今日リリースしました。

世の中のお寺の関係で困っている人をなんとかしたいという想いで作りました。
月6万円前後の国民年金のみで生活している方、日々の食事や生活費を切り詰めてまじめに一生懸命生きている人に払うことが出来ない高額の費用はとても出せないという光景を多く見てまいりました。
家族やご先祖さまを大事にする気持ちをきちんと持った人が、経済的な理由だけで供養をあきらめなければならない。この問題をどうにかしたいと考えました。

ただお寺といえども運営もあり、建物を維持し・職員の生活を守り・電気ガス水道などの費用を払い当たり前に費用を使います。
成り立たないことをすれば、多くの方に迷惑をかけてしまいます。

ITを使いある程度のボリュームがあり、空いている時間・設備をシェアすることが出来れば今よりも経済的な価格でよい供養を提供できるのではないかと考えました。

多くの方は日々自分が生きるのに精一杯で余裕が無い状態にあります。
お寺としてほんの少しでも共に社会の役に立つ活動が出来たらと思って行動しております。
家族への愛情や心のこもった供養が仏前や墓前に供えることが出来れば、その法事は型どおりでは無いかも知れませんが良い法事だと思います。

従前の形で費用をかけて供養できる人ばかりでは無いです。そういった方々がお寺から
縁遠くなりますます人生の知恵を得ることが無くなり生き難くなる。そういった悪循環を少しでも防ぐことが出来たらという想いがあります。

仏教は生きている人の問題を生きているうちにどうにかする知恵です。形の無いものは無いものだから省略する、一見合理的ですが、あまりにも物に偏りすぎた視野です。本当に世の中で上手くいくものは物や形にならないものが動かしています。分かりやすいものではないけれども、丁寧にその価値を伝えて理解して頂く活動は必要だと思っています。

私たちは葬儀や墓地、法事の簡素化の流れはもはや止めようが無いと見ています。ただそうであるならば、その流れを受け入れた上で本来の仏教の働きからみた機能を専門家としてなんとか残すようにする必要があると考えております。世界には無意味なものは存在しません。出来ればその意味に気がついていただいて、人生を生き抜く上で生かしていただけたらよいと思っております。(道陽)

金剛宝寺の永代供養とは?

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・永代供養とは何か?
お寺がご家族や子孫のかわりに故人様のご遺骨を管理し、永年に渡りご供養する事です。
お寺が管理・供養してくれる為、新しくお墓を建てる費用や今あるお墓を管理する労力が必要ありません。
 
・永代供養の利点
墓石・土地が不要でお墓に比べて費用はかかりません。年間管理費なしで追加で料金はかかりません。お寺が永代で管理・供養してくれるので、後の心配もありません
 
知っておかないといけないことは、基本は合葬方式になるので、ご遺骨を他人のお骨と一緒にした後は二度とご遺骨を取り出すことができないという点です。親戚一同が供養の方法を理解して選択する必要があります。当寺はトラブルにならない様に2年間のお骨お預かりの後に合葬させていただきます。また、通常の墓石もご用意できますので合葬でない永代供養もできて安心です。
 
当寺の永代供養の基本的な事は上記の通りですが、私どものお寺は管理が楽で費用が安いだけではありません。
 
私たちの日ごろの活動は、修行や研修を通じて仏教を正しく伝え、生きた人人生を豊かに幸せに生きていただく事のお手伝いしております。人生を良くするという仏教の技術に自信があるお寺が送る永代供養なのです。

亡くなった故人の魂が安らかになるように供養するというのは当然として、残された子孫や関係者が栄える働きを出すことが出来るかどうかが、本来の仏教が担う大事な仕事だと思っております。私どもに、供養に関してや子孫のこと、現在抱えている悩みなどを、是非相談していただきたいのです。
 
そうすることで、お金で買うことができない人生を豊かにする大切なことを得ることが出来るのです。それが出来ないのであれば、もっと安い永代供養をするところもありますのでそちらがいいと思います。
 
とはいえ、私たちの永代供養は他のお寺と比べてもかなり安いです。それは法事やお墓は必ず必要なものだから、必要とする人が高くて手が出ないと言わなくてもいいようにがんばっているところなのです。運気があがる良い法事、人生が変わる良い法話を是非皆様に味わっていただきたいその気持ちで採算を度外視してやっている部分があります。お布施も、今お金がない人、現金で払えない人、そんな人のお役にも立てるようお布施は定額かつ、各種の決済を整備する予定です。(詳しくはお尋ねください)
 
私達は永代供養を通じてお寺とお付き合いしていて良かったと思っていただける喜ばれる現代の新しい形のお寺を提案しつづけます。
皆様、今後ともよろしくお願いいたします。(住職)
 
 
 
 
 
 

世間の流れから大きくズレたものは必ず是正される

戒名料、法事、葬儀のあり方、離檀料などお寺と一般の人とのあり方には大きなズレが生じています。檀家にならない、葬儀をお寺でしない直葬など私たちと世の中とのズレは大きくなってきています。この歪みの修正は必ず起きるものであると思っており、私たちの活動はその動きを早めることになるでしょう。お寺で困っている人、苦痛を感じている

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人の問題解決に役立つことが出来るように努力してまいります。(道陽)

ひとつの閉じた世界だけにいたら成長が止まる

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変わらない良く知った世界にいることは心地よいです。
いつもの地域、いつもの世界、見知った人々、変わらぬ常識それは日常の安定を提供してくれてその世界が続く限り安らかに日々を過ごすことができます。
ただ世界は諸行無常です。変わらぬものなど何一つありません。どんな良いものでも
永久にそのままの状態で続くことはありません。
変化の海に身を投じることは非常な苦痛を伴います。価値観のまったく異なる異業種、他地域、他人と接することはこの安定の世界を揺るがすことになります。
閉じた世界でゆでガエルになるより、成長し適応するために未知の世界に踏み出してゆこう。私たちはそう思って行動しています。この世界の働きを道しるべにして迷いながらであっても自分の意思で道を作り世界を歩きぬきたい。そう思いながら意欲的な誰もがやったことのない初めての活動を続けています。正解は1000の行動から一つの真実を見つける作業です。これからいくつもの失敗を経験すると思います。その都度学び、修正してゆき成長し続けたい。そして社会に喜ばれる誠実で倫理を守った団体でありたいと願っています。(道陽)

今が苦しいと思う方へ状況を脱出するために3つの出来ること

生きていると苦しいことはたくさんあります。ピンチのときもあるでしょう。
なにも無くても出来る3つのことをやってみてください。

1 だいじょうぶなんとかなると根拠が無くても心から信じてみる。
2 まだ生きている、それでも味方してくれる人がいることに感謝する
3 どんな小さなことでも良いから周りの人を喜ばせる

これは1円も無くても心の働きだけで出来ます。奇跡は人に喜ばれ、人とつながることでおきます。「他人なんてどうでも良い」「私が今苦しいからそれどころじゃない」そう思っている方にはそれが致命的な生き方の間違いであることに気がついてください。
実体験からいえることです。

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気がつけば、人生は変わってゆきます。(道陽)

修行を終えて

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昨日まで住職と二人で修行を担当していました。
仏教を使った修行ということで写経、写佛、勤行、作務などもいたしましたが、どちらかといえば講義や議論をする法話が主体でした。
厳しく精神を鍛えて問題を解くことを求めうちの修行を選択される方は多いです。
私たちも十数年にわたり山に入ったり、水に浸かったり、火渡りをしたり厳しい修行を主にやっていた時期がありました。

でも、そもそも修行をして力ずくで問題を解こうとすることは本当に正しいのでしょうか?
これは長年の私たちの経験から言えることですが、修行で精神力をつけても解けない問題はたくさんあります
力をつける前にやるべきこと、見るべきこと、考えるべきことがあります。
そもそもその行動が天に向かって物を投げるような性質の行動であったなら、どんなに力をつけても目的地にたどり着くことは無いです。逆に力をつけて高く投げれば投げるほど強く地面に打ち付けられてひどい目にあいます。

私たちの修行では人生というゲームがどういうルールでできているのかを知っていただくことから始めます。そのうえで上手くいっている人の人生を教材として上手いプレイとはどのようなものか、上手に点を入れてゆく基準はどこにあるかを教えてゆきます。
皆さんの人生で自分の力でほしい物を手に入れたり、心が楽になったり、幸せを感じることができるように案内をいたします。

どこかで聞いたことある話になることも多いです。というのも本当に成功し実現できる話というものは押さえるポイントが決まっています。だから、他の業界で上手くいった方も同じ働きをその道で実践しているだけの話になっています。気がついてつかんでいただくようにいろいろな角度からその働きを説明してゆく作業を修行される方の価値観に合わせてオーダーメイドで行っています。手渡ししたいものは同じなのですが、修行でお話する内容は一人として完全に一致することはありません。

世の中でできないことを可能にする。その奇跡が起きる条件を用意して自分が状況に合わせることでなるべくしてなるようにする。
多くの方は最初に自分のやりたいことそのままに自分中心でやろうとされます。
厳しい修行はこの自我を取り、世界のあるべき形を正しく見るために行うものです。
そしてしばらくやってみて思うようにできないことに気がつきます。そこからできないことを正しく見てできない条件を自分の人生から取り除いてゆくと、思ったことが思ったとおりに実現する世界にたどりつきます。私たちの修行は自力でたどりつく部分とこの世界の働きとひとつになることでたどりつく部分の両方を追求しております。正しい形というものは自然で無理なく上手くいくものです。より強く、より高く道を求められるリーダーの方に一度、歴史の中にある宝、仏教の知恵を学んでいただけたら思っております。
これは日本を、私たちの住む社会をよりよくする働きのあるものです。
是非、皆さまと阿蘇くじゅうの大自然の中で真理を追求し、修行による出会いを通じてこの世の中を良くしてゆく道が重なることを希望しております。(道陽)

お守りのご相談はご気軽にどうぞ

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お守りについての相談のメールをよくいただきます。

どんなお守りがいい?
どんなお願い事になる?
こんなお守りはある?

些細なことでも構いません。お答えできる内容であればどんな内容でもご相談ください。

ただし、一つだけお願い事をする際に考えていただきたいことがございます。
それは、その願いが叶ったときにちゃんと周りの人が喜んでくれる内容かどうかです。

たまに、この不倫はどうすれば上手くいきますか?
相手が罰を受けるように祈ってください等等。

この手は、基本人を呪えば穴二つで仮に願いが叶ってもその人の人生に必ずなんらかの嫌なものが帰ってきてしまいます。それでも清算すべきときはすべきなのですが。

そこで、当寺がお奨めする最もご利益を得やすいお願いごととはなにか?

それは多くの人から祝福されるのがイメージできるようなお願い事です。これはとても叶いやすいですし、その後も人生の運気がとても良くなります。人生で感謝や喜びが自分の周りに溢れるようになった時、人は幸せだと思えるはずです。

縁結びもその祝福されるお願い事の一つなので当寺も力を入れています。

正しく縁結びが出来たならば、家族が喜び、相手が喜び、友達が喜び、様々な人が出会いに感謝するのです。それはとても素晴らしいことだと思います。是非、素晴らしい縁を作れるよう皆様も努力をしていただきたいと思います。私たちも全力で応援させていただきます。

他にも、金運、開運、学業、就職、昇進など様々なご縁がありますがこれらも仏教の働きをしっかりと理解した上でお守りを持つことでご利益が倍増します。どうぞ、ご気軽にご相談いただきたいと思います。

それでも、足りない?叶わない?
とことんお付き合いしましょう。
私たちと一緒に人生を輝かせる為の生き方を勉強していくとよいのです。(住職)


 

体験修行とはなにか?

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1月12日から1月14日までの体験修行は、長崎の方と長野の方でした。

お二人ともまだ若く未来の人生について話す必要があったので、仏教の境地の話をしながら人生の道筋を示しました。その上で、修行の方針を決め人生でどこまで上りたいのか、なにを解決したいのか、目標や夢はしっかりあるのか。そんなことを丁寧にヒアリングです。その後修行をしたのですが、修行が終わってお帰りの際に書いてもらうアンケートではまた学びに来たいと書いていただきました。大変ありがたいことです。

体験修行はどちらかというと個人向けなので少人数になることが多いのです。お寺で修行というと広いお堂で大勢で座禅を組むというようなイメージが強いのですが、修行の極意は己の心を掴み人生を自由自在にすることです。座禅もその手段の一つなのですが、心の扱いが上手い人や社会で成功している人などに人生を見てもらうことで自分がどれだけ社会とずれているのかが具体的に分かるのです。

その上で、そのズレをその場で気が付いて直すことができれば荒行の何倍もの速度で思ったことが思ったとおりになる人生にすることができるのです。ここまで書くと、そんな上手い話あるのか?と言われてしまいそうですが、即仏教を使いこなせる人がいることは事実です。まさに目が醒めたという状態です。仏教の言葉で言い換えるなら「法悦」と呼ばれています。

法の話を聞いて、感動し、将来に希望を抱く。その時その人の目は大きく開き、笑顔になるのです。ズレに気が付いた人はそこから大きく生き方が変わります。というか自分が一番そうでした。

修行は厳しく、精神を鍛え、困難に打ち勝つ自分を作る!!
そう考えている方はとても多いです。なぜ困難に合うのか、強い精神とはなにか、厳しければ速く辿り着くのか。その根源的な意味を理解している人はとても少ないのです。

お釈迦様が、苦行は悟りに至る道ではないと言った意味をどれだけの人が理解しているのか疑問ではあります。お釈迦様の逸話で、修行はどのように行えばいいいですかという問いに対して修行を音楽の弦に例えて、強く張れば切れて、ゆるく張れば音が鳴らない。当然もっともバランスが良い張り方が一番良いのだという逸話があります。

私たちの修行は、ここで一生分の気が付きを得て自宅に帰ってからが本当の修行の始まりです。人生は自分を変えようと思ってどれだけの日々を過ごしたかで大きく結果が異なります。なので、うちにいる間だけ厳しい修行をして帰ればなにもしない。こんな修行にたいした意味はありません。一時的なモチベーションUPにはいいのかもしれませんが、世界の思ったものが思った通りになる人生というのとはまったく違う効果の修行だと思います。

本当の修行は、無理をするのではなく自分というものをしっかりと理解し、まるで水の流れが如く上から下に自然と流れて後に大河となるような人生を生み出すものだと考えています。

修行=滝!荒行!

お釈迦様の伝えたかった仏教がそんなものだったなら、残っている逸話は滝!荒行!で溢れないといけないはずですが当然そんなものはまったく残っていないのです。とはいえ、自分たちも水行に護摩を焚いているわけですからその効果と意味は十分に理解しております。その上での正しい修行のあり方を問うているだけなのです。

それでは本当の仏教の修行とはなにか?
修行の果てになにを得るのか?

その鍵は、布一枚付けてインド中でお話しつづけたお釈迦様にあると自分は思っています。(住職)
 

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