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2015年12月

行動指針

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2015年を生きて仏教とは何か?私たちは世の中に対して何ができるのか?
問いかけることがたくさんありました。初めて寺の外に出て、信徒や檀家で無い
多くの方とお話をしてお寺が社会の信頼を失っていること、長年続けてきた檀家制度に綻びが生じていることに気がつきました。
まずは私たちのお寺から改革を始めようと思います。
本当に日本の役に立つ仏教を届けたい。祈りだけでは解決しない生きてゆくうえでの悩み苦しみを少しでも減らしたい。
仏教はすばらしいけど、お寺やお坊さんは駄目だ。すべての方がそうでは無いにしても社会にそういわれるようなお寺のありかたを根底から変えてゆきたい。そう思っています。
私たちは社会が疑問視している活動を変えてゆきます。

1 高額な戒名料をとりません。
2 葬儀や法事は定価で安心してお願いできる価格を提示します。
3 本人が望まぬ形で10万円を超えるような高額な寄付を強請いたしません。
4 今生きている人が幸せになることを追求いたします。
5 私利私欲に走り、夜の街で素性を隠し飲み歩き社会に不快感を与えません。
6 他派や他宗を攻撃し自分の宗派だけが最高だと主張しません。
7 人を神のようにあがめ、祭り上げる活動はいたしません。
8 本人が望まない勧誘活動はいたしません。
9 人生が破綻するような信仰活動の強制、動員はいたしません。
10 政治的な主張を行い、政党を持ち政治活動をすることはいたしません。
11 法を遵守し、社会に害をなすような活動はいたしません。
12 社会の一員として今できる形で信徒・檀家以外の身内以外に役立つ活動をいたします。
13 お布施を払えない人が救われないという教えを否定いたします。
14 宗教の違いによって争うことをいたしません。
15 恐怖や不安を煽り、救済をちらつかせ高額な信仰商品を買わせるような活動、およびそれに類する行為をいたしません。
16 人や社会の善なる心、好意を育て社会が住みよくなる活動に注力致します。


私たちのお寺の行動指針をここに掲げ、これを実現すべく努力してゆきたいと考えております。(道陽)

縁結びセミナーのはず?

20151230134033.jpg博多で初めてのセミナーをやってみました。
アンケートもとらせていただいたのですが、結果評価は最高!!というのとよーわからん自己啓発?というあはは・・・な評価が混じったものでした。

原因はわかってます。私が入場者のニーズがバラバラでどこに焦点を合わせようか自分が迷ってしまった為です。分かりづらいと思われた参加者様すみません。縁結び仏教の極意年の瀬の話がごっちゃになってしまいました(涙)

次回は明確にテーマに添った話に終始したいと思います。反省です。

しかし、初めてのセミナーでしたが興味を持ってくださった方もたくさんおられましたし、仏教の素晴らしさに気がついた人も中にはいたようです。後で後悔しましたが、今回の講義のスピードは私の5000人くらいの受講者たちの中でもものすごく優秀だった時のスピードの基準になっていました。ここは、ほんと反省しています。わかりづらかったというか説明不足だったというか、とにかくすみません。

普段は、一人ひとりの悩みや、考え方の癖、ズレなどを丁寧にフォローしながら縁結びや仕事の問題、家庭、などなどを解決することをしています。これだけ評価が割れたのは久々だった・・・・(汗)

というわけで年の瀬縁結びセミナー満員御礼で開催できました!
関係者の皆様ありがとうございます!

来年は最高!!
という評価で溢れるよう改良しますのでよろしくお願いします。(住職)

 

ここはマズイ!悪徳宗教団体7つの見分け方

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「先生、悪徳団体とまっとうな活動をするところを見分ける方法はありませんか?」こういう質問を受けることがたまにあります。正しい信仰は人の人生を幸せで豊かにしますが、ひどい信仰は人を不幸に貧しくします。業界にいて実例を間近に体験してきたので特にそう思います。

私が思う悪徳団体の特徴
1 不運・不幸に付け込む(病気・事故・災難・争いなど)
2 不安・恐怖を煽る(これをやらないとあなたはもっと不幸になる、大変なことになる)
3 自分の頭で考えさせない(信じていれば救ってくださる。任せておけばよい)
4 とにかく教団や先生に依存させる
5 自分以外の他のものに不幸の原因があるとする(悪霊のせいだ、先祖のご因縁だ等)
6 問題を解くために払う金額が高額
7 長く続けた人がトラブルになってやめていく

こういった傾向のある団体はやめておいたほうが良いです。信仰を続けているうちに数百万円、数千万円使ってしまい、家族や親族、友人関係などの人間関係が崩壊してゆきながら最終的に救われないケースをたくさん見てまいりました。苦しいから楽になりたいと思う気持ちに付け込まれます。人の心を扱うプロですので、テクニックは上手いです。信仰は効果がある分、副作用も強いです。影響を受けるのは人生そのものです。一生が変わるのだからこれは決して高くは無い。こういう論法もよく使われます。ほとんどの人が学校で習わない分野ですので、知らないことが多くプロとの知識差のハンデがありすぎます。
こういったものに引っかからないためにも当寺院で一度見分け方や考え方などを学んでみてはいかがでしょうか?
うちでは入信の強要や迷惑な勧誘等は致しませんので、安心してお訪ねください。(道陽)

戒名料への疑問

葬儀に関わると出てくるこの言葉。私としては大いに疑問です。
多くの方から戒名って何なの?どうして位の高い戒名をつけると戒名料が高くなるの?
と素朴な疑問をぶつけられました。
私たちは戒名について仏様の弟子としての名前という認識はありますが、金銭で売り買いするものだとは思っていません。そもそもたくさんのお布施をすることで、戒名が長く、偉くなり極楽に行けるような発想は間違いだと思っております。この理屈ならお布施がたくさん包めるお金持ちしか救われないということになります。功徳をたくさん積んだとかもっともらしい理屈はたくさんあるのですが、金額の過多に関わらず正しい行いをする人が法則に基づいて自ら幸せになるなら納得できます。
位の高い戒名をつけるのに本山の許可がいるとか、上納金があるとかもはや命名ビジネスと化している感があります。辞典を見て経典と本人の名前から1字を取り、人柄や生前の行いお寺や社会への貢献を鑑みその人とすぐわかる名前をつけるなど一定のルールはあります。お付き合いのある方に戒名を見た方が明るいイメージをしてくれてその人も含めて幸せになって欲しいと思いながら付けさせて頂いております。生前に依頼されたときはご本人に候補をいくつか挙げて気に入ったものを選んで頂いております。人柄を知ったり本人様のことを思い浮かべたりしながら考えますので戒名ソフトや辞典で付けるよりも手間も労力もかかります。画数とか他の要素も考えて欲しいといわれればそれも含めて考えます。それだけ手間がかかっても私たちは戒名の名づけで強制的に費用を頂くことはしておりません。労力に対して感謝のお気持ちでお礼をしたいと思っていただいたときのみ頂いております。どんなに一生懸命やっても皆様に価値がないと思われたらそれまでだと思っております。役に立ったと思われないその者は食を請うもの(比丘=お坊さん)としては飢えることになります。運営をやっていける仕組みというのは大事ですが、多くの施主の皆様が疑問に感じ、苦痛を感じてい

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るなら使うに便利であっても間違いだと思います。組織運営のために金銭を追いかけ過ぎて相手が喜ぶことをするという大事なことを忘れてしまっているのではないかと皆様からお寺への不満を聞いているうちに感じているところです。こういう考えの下、当山では檀家になるかたなど縁のある方には戒名は無料で授けております。お寺ごとにいろいろな運営の考え方があります。皆様にとって考え方が良く合う望ましいお寺を選んでいただけたら良いなと思っております。(道陽)

精神修行の限界を超える!

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私たちは十数年前荒行で有名なお寺でした。
朝3時起きて、夜の十時まで御堂にこもってお経を唱え続けるそんな修行を
1週 間みっちりやるところでした。確かに、達成感や自分の限界、基礎体力の向上こういった物には一定の効果があると思います。

ただし、本当に困難な状況や自分 の能力をはるかに超えたもの、そういったものに対しての解決としては世界の働きを味方に付けた方がはるかに効果的だと思っております。これは私たちが十数 年やってきた荒行より確かな効果があります。

荒行の基本的な考え方は、肉体と精神を鍛えることにあります。この考え方は、自分の
100倍の能力を必要とするような場合、全くをもって届かないアプローチです。これに対して仏教の説く世界の働きは、個人レベルでは想像もつかないような大きな力にアクセスができます。

こういった表現で書いてしまえばよくわからないかもしれませんが、その人のやりたいことに
1万 人の人がぜひ協力をしたいそんな気持ちを起こさせる、そして奇跡を起こす、そんなメカニズムと言えばいいでしょうか。私はよく合気道のようなものだと説明し ています。

動かすものが小さく自分の方が強ければこんな考え方は必要ありません。ただし、自分よりはるかに強く大きなものに対してと言うとほとんどの人が 限界を感じます。しかし、合気道の考え方は相手の重み、勢い、周りの状況様々な物を味方につけ相手に返すのです。私は、この合気道の考え方がとても仏教ら しい世界の働きを味方につけると言う考え方だと思っています。

当寺は体験修行という一般の方向けの仏教を学ぶ場所と、仏教道場と言う仏教を本気で使って社 会の問題を解くと言う会社向けの社員研修
2つをお勧めしております。皆さんがイメージされる仏教の修行と一味違う当寺の仏教をぜひ味わってください。(住職)

 

当寺の縁結びについて

縁結びの法話中

縁結びと言えば普通は男女の縁をイメージしますが、本来仏教は物事の始まりは人の縁にあると考えます。

そこで当寺の場合は、さまざまな素晴らしい人のご縁によって幸せになると言うそういった縁結びをしております。

実際、私どものところに相談に来る人は本当に色々な悩みを持って訪れます。その人たちの 悩みを解決し幸せと縁を結ぶのが私たちの本当の意味での縁結びだと思っております。

ただ、皆様がイメージされる男女の縁の縁結びは幸せの入り口であると考えております。素晴らしいパートナーを得て、長い人生を共に歩む。それは大いなる人の喜びだと思います。私どももその喜びの一助となるなら精一杯お手伝い させていただきたいとも思います。

また、当寺のコンセプトに自然との調和という考え方があります。境内は1万 坪の大自然の中にあり、天気の良い日は最高の気分を味わえます。
しかし、その広い境内を維持管理するためにスタッフが出払っていることが多々あります。ど うしても、縁結びを成功させたい、悩みを相談したい、そういう方がおられましたらぜひ事前にご予約をお取りいただけますようよろしくお願いいたします。

縁結びの相談については無料で行っております。当寺で、お求めになられたお守り等のご利益を高めたい方や、縁結びに自信がない方がおられましたら是非お声を かけていただきたいと思います。縁結びには、しっかりとした考え方生き方がとても効果的です。自分の生き方や考え方を少し直すだけでもとても良縁に近づく ことができるものです。

文章ですととても堅苦しいものになっておりますが、実際のスタッフはとてもユーモアな気さくな人ばかりです。お寺で声をかけにくい かもしれませんが、きっとご満足いただけると思います。

皆様にご参拝をお待ちしております。(住職)

 

流れの大事さ

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同じ能力で同じことをしても結果は違います。
都市部で物を売るのと過疎地の山中で物を売る。同じ品質で同じ値段であっても結果は流れの量に比例します。実際、私もまったく同じものを違う場所で試してみました。これはやる人の努力が悪いわけではなく、その場所に働いている力がそういう結果を出しているだけです。世の中には目には見えませんが多くの法則が働いています。私は霊や不思議な奇跡がまったく無いとは思いません。科学で確からしく説明できないことはまだまだ多くあると思っています。ただ、それ以上にこの世界には法則というものがあると信じています。私たちの説く仏教はこういったお話の集まりです。同じ目に見えないものの話でも人の心や法則の話と不思議な話は別のものだと捉えています。目に見えるものを見るのではなく、その場所に働いている力・人の心などを正しく見る。仏教の言う「正見」これを
磨いて問題を解くことを主眼においています。多くの人は目に見える物だけを見て、蜃気楼を追いかけています。お釈迦様はこの世は水の泡のようなもの、ほとんどの物事は空(空っぽ)で中身が無い、意味が無いということに気がつきました。ではどこに本当の世界の正しい姿はあるのか?般若といわれる法則の世界から物を見たとき物は正しく見えると言っています。この見方ができたとき、人は物事が上手くいかない悩み苦しみから解き放たれ、自分以上の力をもつこの世界の働きを正しく見て使って思ったことが思ったようにできるようになります。自分の背負うものが多く力が足りないと思われている方、一度当寺のいう仏教的な考え方を体験してみませんか?私たちは生きた現実の問題を解くリアリィテイのある仏教を追求しております。(道陽)

なぜお寺をやるのか?

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なぜお寺を続けるのか?これは私の原点になります。
仏教で日本を良

 

くしたい。社会を幸せにしたい。関わる人を幸せにしたい。
その想いが強くあります。
どうして、このような想いを抱くようになったのかといえば、私の生い立ちにあります。
私の家は祖母が僧侶になったことでお寺の業界に縁になることになりました。
父も私が小学生の頃、事業を廃業し僧侶になっています。

私は檀家寺でないお寺の環境で育ちましたが、本当にお寺や宗教というものが嫌いでした。
訳のわからないまじないや祈祷、供養や功徳といいながら多額の布施を取る。
困った方の相談を聞きながらもほとんどが解決しない。短期的にその場は良くても長期的にみて人生が好転しない。後には一生懸命やったのに効かないではないかとクレームやトラブルになる集会で集まった人同士が苦しくてストレスが多いため、すぐにいがみ合いや喧嘩になる。自分の中での宗教の評価は最低でした。こんなものをやるくらいならもっと学問やビジネスをやって社会で活躍したほうがマシだと思い、後継者にならないためにあえて進学先を仏教系の大学を避けたほどです。

そんな私が今では皆さんに仏教の話をして、仏教は良いものだとお勧めする側になっています。縁あってお寺をやる中で「あなたたちは効かない」「宗教は詐欺だ」まぁ、いろいろ罵声も浴びどうしたら社会の役に立つきちんとした仏教になるのだろうかと本気で悩んだ時期もありました。
また、個人の心の救いには多少なっても組織や法人・団体の救いにはならないこともずっと気になっていました。古来の仏教は各国の国や地方の領主・国王に特に支持されていたのにその働きがまったくないことにも大いに疑問がありました。

今、あまりどこかの信徒さんであったり檀家さんとして仏教に深く関わらない方々の不信感というのはとても共感できます。私自身がまったく信じていない人間でしたので、大いに疑問に思っていたことです。でも、この世界に本当に本物があることに気がつき、人生が実際に一変した経験をしてからは自分のやることに意味と自信を持つことができるようになりました。できればこの体験を皆さんにも味わって欲しい、絶望の人生が変化した奇跡を同じように起こして欲しい。この先人たちの遺産を使ってこの国や社会を、それぞれの人生を良くして欲しいそう思うようになりました。この想いで今は活動を続けております。(道陽)

お寺と葬儀

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親しかった信徒さんの葬儀に出席する機会がありました。生前から熱心な信仰心のあるかたで、いつもありがたいと感謝の言葉が良く出る方でした。檀家寺でないうちはご遺族の意向で他の方が運営するお寺の方の葬儀に出ることはこれまでも多くあったのですが、これは無いだろうと思う事件がありました。

良く信仰されていた方でしたので、戒名は本人の希望に沿う形でつけてあげて
欲しいと相手方のお寺さんに希望したのですが、他所でどれだけ信仰していたか知らないがうちには関係ないと拒否されました。あと、葬儀のときマイクを持って参列している私たちにあてつけのような法話をされて悲しくなりました。

こちらはあくまで親しかった方へのお見送りをしたいと考え、参列者の一人として参加する心つもりでした。葬儀を台無しにするつもりも、進行を妨げる意図もありませんでした。
確かに同業で仕事の上では競合になる相手かもしれませんが、人としてその対応は故人に喜ばれる行いかと問いたくなりました。マイクを取り上げて代わりに故人を弔いたくなるような振る舞いでした。こんな方がやる葬儀や法事がまかり通っているのかとショックを受けました。

お寺は人の心の働きを整えて、人々を幸せにする道を説くところだと思っています。離別の苦しみを和らげるのも仏教と心のプロとしての役割だと思っています。衣やお寺の形が整っていて道具が揃っていても心を扱う人がひどければ
その働きは出なくなってしまいます。専門的なことは解らなくてもそのお坊さんが真摯に仕事をしているかどうかはわかるものです。

次第というマニュアルに従って葬儀や法事をしている瞬間だけを世間の皆様がみているわけではないです。高額な布施を取り夜の街で飲み歩いていたり、非課税特権を使い高価な車に乗り豪華な庫裏に住み飲食をしている方々に反発されている方も数多くいます。人の心を扱うものが人の心の声を見ようともしない。
先祖代々、地域独占で仕事が自然に入ることに胡坐をかいていないかと思ってしまいます。ネットの時代でどこのお寺がいくらでどんな仕事をしたと誰もが見聞きし、比較できる時代です。70代80代の方はまだお寺への敬意が深く残っています。けれども、その次の世代になるともう信用は地に落ちています。
これから駄目なお寺との付き合いをやめる事ももっと抵抗無く行われるようになると見ています。こんな仕事をしていたら必ず立ち行かなくなります。

多くの人の声無き心の声は聞こえないかもしれませんが、そうした一部の振る舞いが社会の信頼を損ねていることは自覚すべきところだと思います。私たちに信用がなくなれば、どんな祈願も供養も効き が悪くなります。社会から必要が無いといわれる信用の無いお寺にはなりたくないものです。(道陽)

サイトをリニューアルしました。

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平素は当寺をご愛顧賜り、誠にありがとうございます。
今後とも多くのみなさまにご利用いただけるよう、
 
ホームページを更新していきますのでよろしくお願いいたします。
 
現在お守りのネットショップは本格移転に向けて準備中です。いろんな部分で使いづらいところや、ご不便をおかけしているかと思いますが、よろしくお願い申し上げます。
 
九州一の縁結びの寺として、今後は様々な分野の話題について積極的にコメントしていきたいと思っております。時には、これはどうかな?けしからんなどのお怒りも受けるかもしれないとは考えましたが、社会に意見を述べるというのは賛否両論を必ず生む行為です。しっかりと自分の意見、立場を明確にすることで、私たちの活動の支援者も増えていくと信じております。
 
現在、寺院業界は残念なことに社会の信頼を失いつつあります。それは、一言に社会に喜ばれていないという一点が引き起こしているものです。伝統を守り、真摯に神仏事に取り組む立派な僧侶の方もおられるのですが、社会全体から見た時に、社会のどの問題を誰がどうやって解くのか?この根本的な問題が解決されていないのです。
 
それゆえに私個人の意見としては、社会での存在意義を問われる事になっていると感じているのです。そこで、私どもとしましては批判をおそれず業界の常識に捕らわれず社会の為になるような事を発信していければと、考えております。
 
私どもの「縁結びえんむすび」は仏教の縁起です。いわゆる物事の始まり、幸せへの第一歩です。今後皆様の人生がより豊かに幸せになるよう精一杯の精進をさせていただきたいと思う所存です。
 
(住職)

 

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